太陽に乾杯
定年帰農21年・有機農業のあゆみ

私が、有機農業に関心をもったのは1970年代のことです。福岡正信さんの「わら一本の革命・無、緑の哲学〜農業革命論」・有吉佐和子さんの「複合汚染」・レイチエルカーソンの「沈黙の春」・安藤昌益の「自然真営道」などの本との出会いによるものです。定年2年前に「反原発」運動の仲間から川口由一さんの「妙なる畑に立ちて」の本を頂き、1992年第5期目の合宿会に参加させて頂きました。1993年には、合宿会で出会った仲間と綾部で一年間、自然農に取り組みました。そして、私は1994年4月(平成6年)故郷に定年60才で帰農しました。
農園は、坂本龍馬の育った高知市から真北へ20q、四国の(ヘソ)真ん中に位置し、高速高知道の大豊インターから「四国三郎」吉野川の上流10q、 本山町役場の所在地から支流を南へ4q山に入り込んだ所です。 海抜450m、奥から谷川が合流した山合いですが空は広く、北に手入れのゆきとどいた大石集落林(猯(まみ)の山)を背に、南に高知県でも典型的な(戦国の世に四国を平定した長宗我部元親が、土佐には桃源郷があると称賛した)棚田が広がっています。
冬は朝日が8時15分に昇り、日没が4時20分。夏は(高知での早い日の出は4時5分)20分遅れで目の高さで朝日が昇ります。とりわけ、快晴の日の出は扇状に西に広がる棚田(里)を照らす光景に、自然と両手を合わせ拝礼します。 夏は5時には山林に日が入りますので、夕方は涼しいです。春と秋には、西にそそり立つ天狗山に日が落ち、様々な夕空を見せてくれます。 自称、日本一の幸せ者と感じる時です。

それに、湧水が生活水です。その湧水で、稲と野菜を育てています。
自称、集落一の環境での百姓です。

農園の名の真美農山(まみのうやま)は、猯の山を捩って(真に美しい山裾で農を営む)「真美農山自然農園」と名付けました。
当初は、自然農による農作物を作って自給の足しにし、楽しみながら第二の人生を20年はのんびり過ごしてみたい、そんな思いでした。なんとか20年を過ごすことが出来ましたので、一区切りとして帰農21年の有機農業の歩み、農的な暮らしを紹介したいと思います。


農的な暮らしを始めるにあたって、「回り道、して持つ鍬に、男女(ひと)の笑み」
「回り道も又人生の旅の思い出」と農業日誌の始めに記しました。


★現在地を取得したのは、1994年の秋です。
定年後の田舎暮らしは、農地取得のできる30aもあれば広すぎるくらいです。でも、あえて棚田農園に取り組んでいますのは、 郷土の農村・棚田が寂れ行く状況に心が痛み、農村景観・風景の再生、棚田の復活、環境にやさしい有機農業を進めることになります。
地域の産業振興策として、色々な取り組みが行われていますが。とりわけ、中山間地域の農村、農業の振興策は集落営農組織を立ち上げて、発展させることが基本的ではあります。
 私の農園作りは「豊かな、美しい村の再生」でもあり、中山間地域の国家再生プロジエクトとも言えます。

「美しい村」とは「日本で最も美しい村連合」が進めているような日本の農山村の景観・環境・文化を守り育てることです。

「豊かな村」とは、棚田農園・里山農園を立ち上げ、農業での所得の向上を図る「農業の6次産業化」を進めることです。この二つを組み合わせ、心豊かで、生きる喜びに満ちた村を構築することです。

●現在の農業形態は、大別して慣行農業・自然農法・自然農・有機農業で行われています。

*慣行農業・自然農法・自然農・有機農業について認識しておきましょう。

慣行農業は、(ハウス栽培・水耕栽培を含む)窒素・リン酸・カリの化学肥料・農薬(除草剤を含む)使用による作物の生産です。

慣行農業の生産工程を見てみましょう。人々の主食である稲をコンバインで刈り取ればワラは圃場に返ります。ワラそれに加え化学肥料を入れ鋤き込みます。ワラを利用する為に取り出せば化学肥料だけの投入となります。育苗倍土は化学肥料と土を混合したものです。育った苗を作付け(田植え)します。その数日後、除草剤(農薬)を投入します。稲の生長(出来・不出来)を観察し、追肥(化学肥料)を投入します。化学肥料での栽培は、見た目には良くみえますが、肥満化した稲は育ちがひ弱で病気にかかりやすく、害虫も発生しやすく、農薬散布で窮状をしのぎます。雨よけハウス栽培もほとんどが化学肥料と農薬散布によるものです。*水耕栽培は、土床を水床に変えただけのことです。

自然農法は、自然農法の先駆者で「わら一本の革命」の著者でもある福岡正信先生が良く知られています。今日、自然農法・自然農に携わっている多くの農人は、福岡正信先生の影響を受けていると思います。私も、「無・緑の哲学〜農業革命論」で影響を受けた一人です。福岡正信先生は他にも多くの著書を残してくれています。

自然農の川口由一先生も「「妙なる畑に立ちて」の著書を代表として多くの本を出版されておられます。
川口由一先生は、奈良の桜井市巻向で、数十年間、一年を通して見学会、合宿会と三重県の赤目で、自然農体験農場などに取り組んでいます。先生の元には、多くの人々が全国・世界から学び舎に集っています。今では、先生の門下生「自然農に生きる人たち」は全国に広がり、楽しくのびのびと自然農に取り組んでいます。「自然農に生きる人たち」のホームページをご覧下さい。
「川口由一の自然農教室」(宝島社)は、手元に置かれることを望みます。

有機農業は、戦後の慣行農業に警鐘を鳴らす人々が結集し、1971年に有機農業による安全で安心な作物を生産し、人々が安全で安心な作物を摂取し、健康に生きる道、「日本有機農業研究会」を発足させました。

●慣行農業は先に述べた通りです。

●自然農法・自然農は、@化学肥料・農薬は使用しない。A不耕起(土地は耕さない)B堆肥を田畑に入れない。この3つが基本です。水稲栽培は、土・水・太陽による栽培です。稲穂・お米を頂き、ワラ・もみ殻・ヌカは原則として圃場に返しますが、ワラ・もみ殻・ヌカは他に利用する場合もあります。例えば、もみ殻は燻炭・冬越し作物の温存用・養鶏の床敷き等。ワラはワラ縄・しめ縄・霜よけ被覆・畳・イイソ(刈草など束ねる)等。ヌカは食用・ヌカ床用・堆肥等に利用します。圃場の草は、もちろん持ち出さない。畦・田畑の回りの草は刈り取り、圃場に被覆して還します。
*福岡正信先生は、稲・麦等は全て不耕起直播です。川口由一先生の水稲栽培は、最初に4〜5mの畝を作り、水回りを良くした圃場に整えておきます。圃場ごとに苗床を作り、苗を育て1本植えをします。

★畑作圃場は、栽培する作物をイメージした畝づくりをします。
★湿土・乾燥地・平地・傾斜地では、それぞれ適した作物を選んでいます。
★湿土の所は、水はけを良くします。
*当初は、圃場の作物の選定には苦労されると思います。
*種は自家採取。時期に合った種を蒔きます。
★トウモロコシ・玉ねぎなどは、一か所に撒き、苗として育てて移植する場合もあります。
*白菜・ブロッコリー・ナス・キュウリ・レタス・カボチャ・トマト・キャベツ・オクラ・スイカなどは、育苗培土でポットで育てて移植する方もいます。稲の苗も育苗培土をポット箱に入れ、もみ種2粒ほど押し込み水を張った圃場・又は、畑に伏せて朝と夕方、水掛けをして苗づくりをしている人もいるようです。
*畑作圃場は乾燥をさせないこと。そのため、作物を取り上げた所に土がむき出しになるような所には、畑の回りの草を刈って被覆し、雨ざらしにしないことです。夏の間は、畑の回りに大量の草が生えてきますので、常時刈り取って圃場に被覆するようにして下さい。
*自然農は、耕作用道具は鍬・スコップ・鎌・短いノコギリ鎌・長ての竹づくりの熊手一丁・一輪車があればまず用が足ります。川口由一先生は、もみすり、兼精米機は必要かもしれないと言われてはおります。お米は、収穫後に農機具メーカーさんにコンパクトなモミから白米までできる籾摺り・精米機械が備わっていますので、これを利用する方が費用も少なく便利かもしれません。
◎自然農法・自然農は、圃場は耕さない・命の糧以外は持ち出さない・肥料は施さない・雑草も取り去らない。これが原則です。但し、以前は人間の排泄物も大切な堆肥で圃場に還していましたが今日では利用されなくなっています。その代りとでもいいますか、自給のために飼っているニワトリの糞を発酵して圃場に施すことは自然農法の範疇と心得ます。
*自給農業と半農・半Xの作物づくりであれば、自然農が1番適しています。

有機農業は、自然農法・自然農と同じく化学肥料・農薬は使用しません。
自然農法・自然農は土づくりを自然に任せます。
〇有機農業は人の力で「土」づくりをします。
有機農業は「安全で良質な農産物の生産」であります。
★安全とは何か。人間が摂取する食べ物を選ぶ基準です。
★良質な農産物とは何か。人間の命と健康を育む栄養豊かな農産物(食材)のことです。
有機農業は栄養豊かな農産物を如何に育てるか。それには、良質な堆肥が良質な土を作り、その土が作物を育てます。
有機農業は、まず「土」づくりが基本です。
「土」づくりとは、土壌の腐植・熟土づくりであります。
それには、有機農業者の弛みない労働と、自然界の微生物と小動物の合体によって作り出される肥沃な熟土づくりです。有機農業の核心は、肥沃な熟土を如何に作るか、それは、まず堆肥作りにあります。
★堆肥とは何か。藁・ごみ・落ち葉・刈草・排せつ物などを積み重ねて自然に発酵・熟成させて作った肥料ですが、私は、刈草と竹の発酵堆肥を土壌に鋤き込みます。そうすることで土中の微生物の分解作用によって、土壌有機物として残ったものが腐植です。腐植は、掻い摘んで言えば土の中の微生物・ミミズなど、小動物の居心地の良い住処と美味しい食べ物を供給することです。その土床に色々な種を蒔くと、それぞれの作物が自分に合った養分を吸収して成長します。その作物を頂いて、命の糧として健康に生きる。これが、有機農業と言う営みです。
有機農業者は、土の再生産と食糧を生産し、非生産者に健康な食材を供給し、自らも多くは望まない剰余価値による対価を収め、家族を養うことになります。

*有機農業での有機栽培と言っても色々と幅広く行われています。
たとえば、厩肥(牛糞・鶏糞など)による作物づくりも有機栽培に属します。しかし、微生物・ミミズなど小動物の居心地の良い住処と、美味しい食べ物を作ってやることにはなりません。(例、アスバラ栽培は牛糞が発酵していない厩舎から直接畑にすき込む。10aに20〜30tも投入するとの話を聞きます。)
今日では、有機堆肥として牛糞・鶏糞をレーンで発酵させたものを低価格で販売していますので使用しますが、厩肥の投入による作物障害が指摘されています。
*未熟な厩肥を多く入れると、土壌中で発酵・分解する際に有害な亜硫酸ガスを発生させ根を痛める。そのために軟弱になり、病気になりやすい。厩肥だけを与えると野菜は品質が落ち、それに留まらず、幼児の健康にとって危険であることが分かり、悪性貧血を起こすとも言われています。
*また、有機農業に携わる農人の中に、有機稲作における命の循環・命の交流と称して、合鴨農法は「一石二鳥」いや「一鳥万宝世界」と奨励される方もおられるようです。その影響を受けたと思われる大学教授(先生)が農業の講演で、「私も定年後は、自給のお米を合鴨農法で作りたい。」と申されたので、「先生、合鴨農法はメリットばかりではありません。デメリットもありますよ。」と申し上げましたところ、「それを聞かせて下さい。」と言われましたので「合鴨農法は、生態系を無視した米づくりで、クモ・カエル・オタマジャクシ・イモリ等、蛍の幼虫まで食べつくしていなくなります。有機農業は、自然と共生の農業です。」と申し上げましたら、「いや、良いことをお聞きしました。合鴨農法は、考え直します」と答えられました。

有機農業は、人類が耕作(農耕)に携わり、土を作り、作物を育て、その食べ物を頂き、健康に生き、今日と未来へ進行する歴史です。
その人間の生きる基本である「土」が、この半世紀に化学肥料・農薬の慣行農業により、死滅しつつあります。この死滅しつつある「土」の再生は、有機農業・自然農に切り替えるしかありません。これが、私の結論です。

*有機農業は、土を耕すので、土は固くなると指摘する人がいます。
有機農業で耕すと言うことは、土の再生を意味し、田畑の圃場に発酵、熟成堆肥を鋤き込む。(農業では鍬・鎌・鍋・釜など金へんが付く字があります。「鋤」は金へんに助けるが備わっていて意味深い感じがします。)即ち、微生物・小動物の食べ物と居心地の良い住処を供給することであり、自然と共生の循環型・持続可能な農法と言えます。

有機農業の取り組み事例を幾つか紹介します
●有機農業の原点は、埼玉県川越の三富(さんとめ)新田に見ることができます。
三富新田の開発は、五代将軍徳川綱吉のもとで大老職を務めた柳沢吉保の領地で(1694〜1704)短冊型に区画した間口40間・奥行375間、約5町歩の畑作地を241戸の農民に与えました。手前に住居(屋敷林)・耕作地、その先にクヌギなど落葉樹の林を作り、落ち葉(30t)を集めて2年間発酵させ、腐葉土を作って土に鋤き込み、微生物・ミミズなど小動物の居心地の良い住処と、美味しい食べ物を作ってやることを毎年繰り返し、肥沃な土の再生に取り組みました。また、落葉樹の森には、鷹・フクロウが住み、ネズミ・モグラを退治し、木は燃料にしました。馬は耕作に役立て、馬糞は堆肥にと、まさに循環型・持続可能な有機農業を300年も続け、今日に至っています。
★三富新田に見る、落葉樹の落ち葉を2年間発酵させ畑に鋤き込んでいることは、長年の実践から導き出したものと考えます。落ち葉を発酵させる過程で切り返しをすれば、1年もすれば良い堆肥になり、その堆肥を鋤き込むと根菜類を除く他の野菜は良くできます。ところが、三富の根菜類、特にサツマイモ・サトイモ・ジャガイモ・ニンジン・ゴボウなどには、落ち葉を2年もかけて、発酵・熟成堆肥にして鋤き込むことで土づくりしていると考えます。このことは、私の刈草・竹の発酵堆肥づくりの経験からそう思います。
(*自称日本一、美味しいサツマイモを作られている方は、松葉を発酵させ土に鋤き込むことを何年もかけて土づくりをしているそうです。
*三富新田のサツマイモが、日本一美味しいと言われるのも、「土」が育てたものです。)

●平成24年の秋、山梨県知事の横内正明氏が全国に先駆け、(やまなし発、有機農業の郷)推進交流大会を開催して「有機の里」を宣言し、故菅原文太氏が総合司会を務め、「日本人の健康を考え、安全で安心な食べ物を作る、有機農業をやっていかないか」と全国に呼びかけました。

●よみがえった「限界集落」、和歌山県那智勝浦町色川地区の「農的生活新住民」の状況は、度々テレビ・新聞等で紹介されています。
色川地区は9集落で成り立ち、各地区から移住者を受け入れる委員会を構成し、審査して受け入れています。移住希望者の実習体験を受け入れる農家が10数軒あり、滞在できる施設もあり、移住希望者は各農家で体験してから移住を決めています。移住の下見に来る人が「仕事はありますか?」などの問いには、「仕事があれば過疎にはならない。この地に移住して暮らすなら、甘えた考えはダメ。持ち金の用意が必要!」とはっきり言うようです。地区住民400名の内、Iターン者は160名で、全て有機農業者です。小学校も中学校も廃校にもならず、逆に賑わっています。又、へき地診療所は、Iターンの医師が従事しています。

●今一つ忘れてはならないのが、戦後すぐ小谷純一氏が創設した三重県の有機農業学舎(愛農学園)で、今なお多くの有機農業の後継者を世に送り出しています。その理念は、「汝の農場を持って、神の栄光をあらわせ」です。

●他に、有機農業の郷づくりの先進地は、宮崎県の綾町・山形県の高畑町などがあります。

水稲栽培の作業工程
★それでは、有機農業での水稲栽培を紹介します。

「米」という字は「八十八」と書いて八十八の手間が掛かると言われます。
私の有機農業の手間(作業工程)を示してみましょう。
(圃場10aで組み立てたものです)米の取り入れ(収穫)後から始めましょう
?ハデ(天日干しに使った竹竿15本・竹杭150本の片付け、竹竿は雨に濡らさない所に収納する。(約3H)
?稲ワラと刈草をカッターで切りトラクターで鋤き込みます。それと、刈草発酵堆肥を鋤き込む事もあります。(刈草と刈草発酵堆肥のことは堆肥づくりの所で述べます。)(1日)
次に(冬1番の寒さが来て表面の草の種を凍らせ死滅させたと思う頃合いを見て、二度目の田起こしをします。下の草の実を上に出し、凍らせ、死滅さすためです。(3H )
*冬季の農作業は、天気の良い日は草刈りと刈草の堆肥作りです。
?収穫後、モミ摺りをしたもみ殻で燻炭づくり。(写真を参考)このような簡単な器具が市販されています。これを利用すれば、たやすく燻炭を作ることができます。
?育苗培土を作ります。育苗培土づくりは、刈草発酵堆肥を大量と、土・燻炭・貝殻粉末・自家鶏糞発酵堆肥を少々・ヌカ・EMぼかし堆肥・ピートモスを入れても良い、撹拌し、積み上げて発酵させます。上部に刈草を厚くかぶせ、直接雨水が入らない方法を講じておきます。その間、切り返しを何度かします。)
畑作用の培土も同時に作る。(1日)。育苗モミ種を、撒く翌日まで寝かす。寝かせたものを金網の土通しで培土を用意する。(半日)
★4月1日集落の田役に出ます。(水路の整備)(1日)
★苗床は、水管理が良く、日当たりの良い、作業がしやすい圃場を選んで整備します。
*苗箱・板箱は、10aで〜20+3=23箱を用意します。苗箱は、ポット用(バレット)30箱+3箱=33箱。(+3箱は、植わらない所に後から捕植するものです。) ★苗箱は、横30p・縦60pですので、33箱並べるのに畝幅1.2m、長さ6,60pを要します。作る反別で長さを整備する。先ず、作る面積を細かく耕し、畝を作り、水が溜まるようにする。畝の表面を代掻きをした状態にし、高さを均一にする。苗床にモミ種を伏せる一週間前には整えておきます。
★苗箱を苗床に伏せるときの踏み板、横1m縦60pの板を2枚用意する。
★この間に、作付けの反別に応じたモミ種(10a―1s)を毛切りし、10?の水に塩800gを入れ、かき混ぜたものにモミ種を入れ、浮いたものを取り除き、ネット袋に入れて水洗いをする。ネット袋に入れたもみ種は、圃場に取水する水に5日〜7日浸ける。苗床にモミ種を伏せる前日に水から上げ、ゴザなどに広げて水切りをしておく。
モミ種をふせる当日の朝、集めて用意します。
★苗床にモミ種を伏せる日は、早朝から作業となります。(4月20日と設定しての準備)機械での作業・手作業でも4人は必要。培土・モミ種・苗箱を機械の側に用意し、前取り1人。機械操作、モミ種入れ1人。培土入れ1人。苗箱の差し込み1人。出来上がったモミ種箱を苗床に縦に3箱を1列に並べ、用意した横1m縦60pの踏み板1枚をかぶせ、その上に作業員が乗り、苗箱が均等になるよう調整する。モミ種箱を2列目に3枚並べ、その上に残りの踏み板をかぶせ、その上に移動して高さを調整し、モミ種箱を3列目に3枚を並べ、並べた上に後ろの踏み板をかぶせて移動します。その繰り返しで前に移動して行く。並べ始めと、終わりの苗箱の高さが同じであること。並べ終わると、ジョロで水かけをし、培土に水を浸透させ、紙シートをかけます。風でシートが飛ばないように、両側に土を50p間隔に置いていきます。これは、倍土が雨に叩かれることを防ぎ、霜よけ対策でもあります。(霜よけ対策と早朝の冷え込み対策として、トンネルシートをかける場合もあります。)一連の作業が終わると、苗床に水を入れます。苗箱が2分の1まで水に浸かるまで入れます。それ以上高くても低くてもダメですので、水戸で調整します。床伏せして一週間ほどで芽が出てシートを押し上げてきますので、暖かい天気の良い日の朝8時ごろシートを取り除きます。後は、水の調整管理をします。約33日苗・5枚葉の育ちを待ちます。
★手作業のポット箱の場合は、培土にモミ種を一穴に3粒ほど入る程度に混ぜて摺り込みます。板箱の場合は、土床の8割に培土を入れ、その上にモミ種を蒔き、その上にモミ種が隠れるまで倍土をかぶせます。
その間に、圃場整備に取り掛かります。畦草と岸草を刈ります。この時期の草は小さいので、圃場に入れても良いです。畦・岸の2番草を刈ります。この草は圃場に入れず取り除き、他の場所で堆肥にします。
すぐに、畦切り作業を行います。畦切り作業は、畦土を鍬で削ります。
直角に切ると畦土を付ける時ずり落ちますので60〜65度に切る。その後、田に水を引き込み、耕運機で水田にしながら畦際がほどよく練られた土を60〜65度に削られた畦の上に三つ鍬(さらえ)で乗せて畦塗りをします。(土を乗せた後、平鍬の背で壁を塗るような作業をしてきれいに整えます。) 後は、水の調整をして管理を行います。苗が33日で育つ計算で、5月23日を田植えとして、代掻きを4日前に行います。代掻きは簡単そうに見えますが、なかなかのテクニックを要します。田の隅々に土が集まるので、集リ過ぎないように調整しながら代掻きをしなければなりません。田の濁りが落ち着くと表面の段差がない平らになっていることです。
手植えの場合は、代掻きの翌日にでも植える事ができます。まだ土が柔らかいので、足の抜き差しが容易にできますからそうします。しかし、機械植えの場合は、土が落ち着かないと苗の活着が悪いため、代掻きから4日おきます。10aの田植えは、2時間もあれば終わります。手植えの場合は、2人で1日掛かりです。田植え機のない時期は、手植えでした。田植えをする女性を早乙女と言います。早乙女さんの女傑と言われた方は、1人で1日20aほど植えた人もいたようです。田植え後の水管理は、2〜3日は浅めで(活着のためにです)その後は深めにします。水が深めだと田の中の草が生えにくいです。その後、草の芽が出るのを観察し見逃さず一番草を手取りで行います。水を深めにして、草取りと云うよりも、少し土の表面をかき混ぜていきますと草が浮きます。有機農業は、この1番草を丁寧に除去することで米の収穫量・不出来に影響しますので、手抜きをしないようにすることが肝要です。2番草、3番草も取りますが、手押しの草取り機で取ってもかまいません。稲が成長する間は、毎日水の見回り(管理)を怠ってはいけません。(モグラが畦に穴をあけ、水が漏れます) 畦の草刈りは、稲の刈り取りまで数回行います。畦草を伸ばしてはいけません。草は、なるべく短く元刈りをします。刈草は、すぐに丁寧に取り除き、別の場所で発酵堆肥にすることです。刈草をそのままにして置くと、湿気ができてミミズが育ち、モグラがきます。また、土が柔らかくなります。畦が柔らかくなると、大雨時に畦が崩れます。畦の草刈りを、まめにやればやるほど畦はしまって、良い畦となり、水持ちがよくなります。田んぼは、畦を見れば、作り手と管理と、田んぼの良し悪しがわかります。まめに刈って丁寧に草を取り除いていれば、畦草は芝草になります。
他に、稲の架(ハデ)干し準備として、竹竿と竹杭を用意しなければなりません。竹竿は、真竹の真っすぐに伸びた8〜10mの長い物を15本・竹杭180p〜2mを1竿に10本で、150本用意します。
★竹杭には結びヒモ「マイカー線」も必要ですので用意しなければなりません。
*この竹竿を切る時期は、旧暦の8月の新月時期の「つちのえ・つちのと」に切ると長持ちをするとの、先人たちの言い伝えがあるようです。
稲刈りの数日前に取水を止ます。畦の所、どころを切り、水はけを作ります。圃場が渇き作業がしやすいようにします。
★稲刈りは、天気の良い日に行います。
(最初に、稲穂のそろって育っている場所を選んで種用に必要なだけ刈り取り、ハデ干しする所を決めて掛け、雨水が入らないようにビニールを上にかけておきます。*脱穀する時に脱穀機の回転をスローにしてモミの表面を傷めないように取っておきます。) ★ハデ干しの準備作業について(写真を参考) 竹杭180p〜2mを3本束ね、上から15pほどの所を2mのヒモ「マイカー線」の中央で2巻して、きつく結びます。3本束ねを2個用意します。8〜10mの長い竹竿の高さを同じく支えられる両端に、三角形に土に差し込みしっかり固定さします。そこに、8〜10mの長い竹竿を渡します。長い竹竿は中央が下がりますので2か所に竹杭180p〜2mを2本束ねたもので竹竿の高さを同じくして支えます。中を支える竹杭のヒモ「マイカー線」は1.5mほどの短いもので良い。中杭は竹竿の小さい方の間隔を少し狭くします。又、同じ方向に立てるのではなく、上からみて少し「ハ」の字になるようにします。(これは、少しでも風の抵抗を支えるためです)竹杭のヒモでしっかり竹竿に結び付けます。稲束の穂先が圃場から40p以下にならないようにします。ハデ竿の方向は正午の日に影に沿った南北にします。午前中は右側に、午後は左側に日が当たります。ハデ竿を2本につなぐ場合は竹竿の小さい方を重ねて、つなぎます。そうすると、3本束ねの竹杭が1個省略できます。ハデ干しは、最低二週間は干します。
★脱穀は天気の良い日に行います。ハデ干しの稲束・稲穂が朝露から乾くのをたしかめてから作業に取り掛かります。(10a)3人で行うと手際良く作業ができます。4人で行うとより仕事がはかどり、一日で、モミ袋を倉に運び終えます。*先に述べました。モミ種は、脱穀する時に脱穀機の回転をスローにしてモミの表面を傷めないように取っておきます。) *用意する物は、モミを入れる袋を15〜20袋用意します。(モミ袋は1枚−500円ほど。)モミ摺りは、集落の加工場又は、農協などで行います。(モミ摺り1袋30s―300円ほど。)又、玄米を入れる紙袋を20袋は用意することです。(紙袋は1枚―100円ほど。)収穫した玄米を取り入れて、一年の米づくりは終了します。10aで480s(8俵)は特別な災害がない限り、最低の収穫は出来ます。
野菜栽培の基礎 野菜栽培も有機農業では「土」づくりが基本です。
有機農業が最も適している所・地域は、中山間地域です。平場での有機農業は、厩肥(牛糞・鶏糞)に頼る生産となります。ところが、中山間地域には草地が沢山あります。その大量の草が、まさに宝なのです。その草を刈り取り、色々な方法で発酵・熟成させ、田畑に鋤き込むことで肥沃な土壌を作ることができます。
当日の特別な作業計画がない場合は、草刈りにあてます。夏場は、草との戦いの日々です。
秋の終わりまで、農園全体を天気の良い日は、午前中は草刈りをします。2日ほど干した草を集め、木枠に踏み固め、発酵堆肥作りを怠らず行います。この刈草発酵堆肥を圃場(田畑)に鋤き込み、肥沃な圃場を作ることが有機農業の基礎です。
発酵堆肥と合わせて、貝殻・燻炭・EMぼかし堆肥などを鋤き込こんでも良いです。なるだけ市販の厩肥は控えた方が良いです。
★野菜栽培では、育苗を自分で手掛けることが大切です。
そのためには、野菜栽培では育苗培土を常時作って置く必要があります。
ぬかり ★野菜栽培では、トマトなど雨よけ栽培を必要とする作物があります。
★大豆・小豆などは、肥沃な圃場より痩せ地の方が良いです。大豆・小豆・トウモロコシ・マメ科は、標高500mより高い所が美味しいものが出来ます。
★乾燥した圃場と湿度が多い圃場とでは、作る作物を選別します。
★植える作物で、畝の幅・高さなども考えて畝づくりをします。
★種蒔きは、必ず日付を記録します。それと同時に、旧暦も書き加えること。
★種蒔き後の草取りは、短い、ノコギリ手鎌を草の根本に押し込み、手前に引き切りしてその場所におきます。(ステンレス製は錆びませんが、すぐに切れなくなりますので注意)草引きは、作物が少し成長するまでは、こまめに行います。
★刈り草を野菜栽培の圃場に被覆し、圃場を乾燥させないことです。
野菜栽培の選別 自給のためには、自分の好みの物を少量・多品目を作れば良いです。その内、作り安くて自給しても余る作物をつくり、換金して収益を得て生活ができることが大切です。近くの直売所で販売します。JASを取得しないと有機と表示できませんので、「農薬・化学肥料は使用していない安全・安心な○○です」の表示をして販売します。そうすれば、消費者に喜んで頂けます。
*シシトウ・オクラ・万次郎カボチャ・ウド・地這キュウリ・コマツナ・チンゲンサイ・ピーマン・ナス・ニンジンなどのことを紹介します。
★シシトウは、換金作物に欠かすことができません。4月に苗を植えれば、6月〜10月の中旬まで収穫できます。6月〜9月まで4カ月は、1本で1日100g100円を稼げます。シシトウは、毎日もぎ取りを行なわなければなりません。20本植えておけば、16〜20万円にはなります。しかし、20本以上植えると時間が取られ、他の仕事に影響します。
★オクラは10本植えておけば、3カ月間は2日で、4〜5パックは採れます。1パック100円で出荷できます。
★万次郎カボチャはお奨めです。この苗は、自分では作れませんので、市販です。苗一本1,000円ぐらいします。一本の苗で、1個2s以上のものが100個以上採れます。大きいものは6sにもなります。1本で300sはとれる計算になります。最低1s100円で売れます。3sの玉を加工して袋詰めにすれば、1,000円にはなります。万次郎カボチャは、日持ちが良く、コンテナに入れて納屋で保存できます。寒さにも強く、3月下旬まで売ることができます。味も良く、加工もできる優れ物です。
耕作地は、1本で3畝の圃場がいります。3本で約10aを要します。苗床は1mの円形・深さ50センチの穴を掘り、刈草は多めに・骨粉少量・EMぼかし堆肥・ヌカなど少量を穴を掘り上げた土にまぜて穴に埋めます。その上に刈り草を厚く被覆して置きます。この作業は、苗を植える1カ月前には整えて置きます。苗の植え付けは、4月の中旬です。カボチャの蔓は、四方に伸びます。圃場は草が繁殖します。そこにEMぼかし堆肥を振りまき、蔓の伸びる所の草を刈って倒して行きます。カボチャの蔓は、節から根をはり、養分を取り入れて実を付けます。カボチャの茎が固くなり、こげ茶色になると採り上げ時です。霜が降りて葉が霜枯れすれば、全て採り上げて収穫します。苗3本10aで、約9万円ほどの収益となります。
注万次郎カボチャは雄花が咲きませんので、雄花の咲く瓢箪カボチャなどを2本ほど側に植えなければなりません。
★次のお奨めは、ウド栽培です。
ウドの芽を100芽ほど購入します。(又は、知人に譲り受ける)幅70〜80pの高畝を作り、間隔80pで3月までに植えます。植える圃場は、標高が500〜700mが適しています。草刈りを度々して成長をうながします。成長したウドは、倒伏しないように注意します。霜が降りると株を掘り起こし、採り上げます。100個の芽は100株になります。1株に5つほどの芽がついています。そのまま凍らない所でシートなどの覆いをし、保存しておきます。3月の植える前に、出刃包丁で芽を切り分けます。すると、500の芽が出来ます。2年目は500の芽を全て植え付けします。3年目は500の株がでます。その500株の100株は次年の作付け株として残します。後の400株は冬の間に、圃場に幅130p・深さ30〜40pの土上げをし、長さは400の株がおさまる長さにします。そこに、根元を上にして、隙間がないように並べて詰め込みます。でも、多少隙間が出来ますので掘り上げた土を隙間に入れます。土がしめるほどジョロで水をかけます。ベニヤ板などで周囲を40pの高さで囲います。そこに、モミ殻を30pほど入れ、ハウス栽培で使った古いビニールシート(ハウス栽培をしている人から張り替えた古い物・黒いマルチの要らなくなった物を分けて頂き)などを幾重にもかけて暗くしておきます。その上にブルーシートなどをかけ、雨水が入らないようにしておきます。すると、3月20日ごろ、30pのモミ殻の上にウドの芽が出てきます。それを順次元切りして出荷します。10日ほどで出荷は終わります。長さ30p、直径3pほどの白い高級ウドが出来ます。筋の細いものは天ぷらにでき、捨てるところがありません。400株×5芽=2,000個ほどの商品ができます。1本100円〜200円で売れ販売できます。20万円を上回る収入となります。株を増やす比率は、自分で調整すればよろしいです。
(特徴は、冬季の仕事と収穫が短期間です。また、この方法でハウス栽培をしている農家もありますが、その場合は3月10日ごろ市場に出て3月20日ごろ終わりますので、共売が避けられます。春を味わう食材の一つです。「ウド1杯で糞3杯」とも言われます。万次郎カボチャとウド作りは、耕作放棄地を借りて作れば良いでしょう。
★地這キュウリもお奨めします。植える圃場は、万次郎カボチャと同じように、苗床は1mの円形・深さ50pの穴を掘り、刈り草は多めに、骨粉少量・EMぼかし堆肥少量を穴を掘り上げた土にまぜ穴に埋めます。その上に刈草を厚く被覆して苗を植える準備を1カ月ほど前に整えておきます。夏の盛りに3本ほど植えます。1週間ほど送らして、また、3本ほど植えます。成り始めると毎日コンテナに1箱は、1カ月ほどは収穫できます。圃場は1aぐらいはいります。蔓が伸び始めたら周囲の草を刈り、カヤ・ススキの刈草を厚く敷き詰めると草も少なく生え、キュウリの姿・形の良いものが出来ます。注、湿度地でなく乾燥地が良い。時々水を根本にかけると、おもしろいほど大きなキュウリが取れます。これも結構換金になります。
★大豆は自給(味噌づくりなど)のため、米・麦に次ぐ大切な作物です。肥沃な圃場より痩せ地の方が良いと書きました通りです。標高は高い方が好ましく、湿地より水はけの良い所を選びます。畝は狭くてもよく、高畝にしなくても良いです。種の植え時期は、7月1日〜?日までに、少々深植え(10p)でもかまいません。間隔は50−60pにして3粒を三角に植えます。(種豆はこぼさない事。ハトなどが食べに来て、植えた種までほじくって食べるので注意して下さい。)芽が伸びてきて根の張がしっかりすれば、周囲の草を取り除いてやります。後は、伸びてくる草を時々刈払機で刈り飛ばしておけば良いです。収穫は、葉っぱが落ちると引き上げます。(又は刈り取る。)後は、色々な方法で乾燥させ実を取り出します。
★小豆は、標高の高い所(500m以上)に植えるのが良いです。圃場を耕し、少し広め(低い畝で良い)の畝を作ります。ちどりに60p間隔の二条で、穴に3粒ずつ植えます。(大豆と同じで,種をこぼさないこと)種を植える時期は、7月20日前後です。天気・旧暦などを考えて植えます。早植えをすると、茎が伸びすぎて実が多く付きません。植え終わると、その上に青草を刈り、とにかく、これでもかと言うほど厚く被覆することが肝要です。後は、取り上げるまで何もしなく良いです。多少草が生えてくるので草を引くと良いですが、花が咲く時期には草引きはしてはいけません。小豆は、下の方の実が(3分の1)ほど熟れると引き揚げ、竹竿で干します。実がはじけるようになれば、ゴザやシートの上で小さい捧でたたいて実を落とします。又は、下から熟れた実をもぎ取って干し、採り上げて行く方法もあります。小豆は用途が広く、1年を通して楽しめる食べ物です。収穫後の選別は、なかなかの作業ですが早めに行った方がよいです。
小豆は、虫が入るのか卵を産み付けているのかわかりませんが虫に食われますので保冷庫か冷蔵庫での保存が必要です。(多くて、保冷庫か冷蔵庫での保存が無理なときはペットボトルに入れ、冷蔵庫に何日か冷した後に出して保存すると良いです。) ★ジャガイモも自給に必要な作物です。お奨めは、アンデスと出島です。双方とも3月になれば植えます、圃場は、乾燥している日当たりの良い土地を選びます。土づくりは、刈り草を2年以上発酵・熟成させた堆肥を鋤き込みます。このような圃場を順繰りに作り、毎年圃場を変えて作ります。3月に植えたイモは6月に収穫できます。収穫したイモの中からMサイズを選び、種イモとして残します。その種イモを8月の中旬(盆)に植えます。この二種は二毛作で、秋ジャガが収穫できます。そして、秋ジャガは、芽が出ませんので3月の種イモになります。こうすればほぼ一年中ジャガイモを頂けます。(ジャガイモを12月〜1月10日頃、又は、4月頃植える人もいます。) ★サツマイモも圃場の状況と土づくりは、ジャガイモと同じです。5月の下旬から6月10日までに苗をうえれば良いです。雨降りの前日に植えると、ありつきが良いです。植えた後に青草を刈って被覆しておくと、蔓枯れ防止になります。蔓が伸びると、茎から根を下ろしますので蔓上げをして根を土からはなします。サツマイモは寒い所では痛みやすいので、保存は日当たりの良い乾燥地に芋ツボを掘り、もみ殻を入れて雨よけ対策をして冬越しをします。すると、サツマイモは一段と甘味が増し美味しくなります。(蒸したサツマイモをトーストで焼いて食べると、また、美味しく味わえます) *ピーマン・ナスも自給の分より多く植えておけば販売できます。
コマツナ・チンゲンサイは、1年を通じて切れ目なく作付けでき、換金できます。
*などなど、1部を紹介しました。参考にして下さい。
私の堆肥作りを紹介します 肥沃な熟土を如何に作るか。それには、まず堆肥作りにあります。中山間地域は、草が沢山あります。その草を堆肥化することです。即ち、中山間地域は有機農業を行う環境に恵まれた、最適な場所です。
野菜栽培の基礎でも述べましたが、1年を通じて堆肥作りのために、毎日と言ってよいほど草刈り作業が続きます。
草刈りの順序を盆から始めます。草刈り場の草刈りは、草の成長がほぼ止まる盆過ぎから始まります。刈り取った草をクロに積み(クロとは、1本3mほどの杭棒を地面に立て、刈り草を束にした短い束を下から棒に立てかけ、草の先を杭に巻き付けて、積み上げて行きます。積み上がった一番上に、カヤの束を幾束か杭の上から水がはいらないようにしっかり巻き付けて結んだ束のヒモを解き広げて雨水を防ぎ乾燥させる)乾燥した刈草は稲を収穫した圃場に運び、カッターで切ってワラと一緒に鋤き込みます。
私は、盆が過ぎると農園全ての草刈りを行うことになります。12月の下旬まで続きます。乾燥した刈草を束ねて集め、スス竹・カヤは選別します。(約70年以前の農業は、有機堆肥での農業でした。田畑には、それに必要な草刈り場が備わっていたものです。その中でも、スス竹の草刈り場がついている田んぼは、高値がしたようです。そのことからしても、竹に含まれる乳酸菌が、作物の甘味成分を作るとされています。)スス竹は、長めにカッターで切り、木枠に踏み固めて発酵堆肥を作り、貴重な堆肥ですので田畑に順番に鋤き込みます。(写真を参考) カヤ・ススキは、カボチャ・地ばいキュウリ等の敷草にも活用します。
春先になると草が伸びてきます。その草を、かたっぱしから刈る作業が始まります。果樹園・畑の草は刈り飛ばします。畦・岸草は集めて、木枠で踏み固めたり、野積みにして発酵堆肥を作ります。
当日の作業計画がない場合は、草刈りに当てます。夏場は草が伸びるのが早く草との戦いの日々が続きます。
その刈草堆肥の作り方を紹介します 天気の良い日は、午前中はほとんど草刈りをします。刈草は2日ほど干します。その草を集めてきては木枠に踏み固めます。(写真を参考) (刈った草を直ぐに踏み込むと、水分が多くてうまくいきません。積み上げたものが崩れます。少し乾燥させた刈り草は、木枠に踏み込みますとギシギシ締まり、大量の草を踏み込むことができます。積み上げたものを最低半年は発酵させます。(写真を参考)出来上がった堆肥は、順次圃場に鋤き込みます。
一方、野積みした刈草は雨よけ対策をして、何度か切り返しをします。頃合いを見て、畑作圃場の被覆用と作物の根本に入れることにしています。時間が経つと土になじんでゆき、微生物・ミミズなど小動物が肥沃な土壌に作り替えてくれます。
竹林に真竹・孟宗の竹の子が生えます。竹の子を食用にした残りが伸びて葉が出そろう時期を見はからって切ります。そして、チッパーで粉砕して野積み(山積)にし、上に刈り草を厚く敷き、直接雨水が入るのを防ぐためビニールをかぶせて覆いをしておきます。そのまま翌年の4月まで発酵させます。竹の堆肥は少量ですので、トマト・スイカの圃場に鋤き込みます。竹の堆肥で作ったトマト・スイカは美味しくて後味が良く、有機栽培の醍醐味です。
畑作圃場5畝に対して刈り草堆肥は写真の1枠を1年に3つ、養鶏用の貝殻20s2袋・EMぼかし堆肥50sほどを入れ耕運機で鋤き込みます。他に、自家鶏糞・ヌカ・燻炭なども投入します。鋤き込みを終えた圃場は、作付けする作物に合わせた大きさの畝を作り、チッパーで切った刈り草、又は刈り草をそのまま被覆し、土を直接雨に叩かれないようにします。(直接雨に叩かれると、少しは畝の表面が固くなります)草の被覆で土の渇きを防ぎ、微生物・小動物の活動できる環境を整えることになります。畑の圃場は、乾燥させないように管理しなければなりません。
*田んぼにも、刈草を木枠で踏み固めた発酵堆肥草を投入するに越したことはありません。従って、刈り草を木枠で踏み固めた発酵堆肥は多いほど良いです。
*育苗培土づくりは、野菜栽培の基礎の所で述べています(参考) 自然農・有機農業で作物の初期の成長を補うために、油かす・米ヌカ・落ち葉・草木の灰などを施す場合があると安易に捉えている方を見かけます。油カスの自家製はあるのだろうか? どこで育てられたものか? 有機栽培のものか? 米ヌカも自家製のものか? それとも市販のものか? 米を作っていない者は米ヌカは無い。 市販の物には農薬が掛かっているだろうし、 落ち葉の腐葉土はおいそれと持っているものではない。草木の灰とて、あるだろうか? と考えると、刈草発酵堆肥を作っておいて活用することを特にお勧めします。
今後の有機堆肥作り 有機農業の土づくりは、刈草発酵堆肥を田畑に鋤き込むことですが、刈草発酵堆肥を作るためには、まず、大量の草が必要です。中山間地域には、その草が大量にありますが、平場ではありません。(ですから厩肥を使用するのです。) 今後は、有機堆肥を大量に作るために『竹』を利用することです。
日本の至る所に竹林が存在し、その竹林の繁殖に苦慮しています。竹の中でも、孟宗竹の繁殖に苦慮しています。
その孟宗竹を、有機農業の有機堆肥に活用するのです。手入れの出来ていない竹林は、皆伐します。皆伐した竹林は、次の年のために整備します。そうすることによって、次の年は竹の子が一面に生えてきます。2年目からは、間伐して堆肥にします。このサイクルで堆肥作りを行います。
竹を有機堆肥として活用することで、日本の循環型・持続可能な有機農業の未来が展望できます。
★慣行農業の化学肥料オンリーの生産は、刈草・竹の発酵堆肥に変えることで 容易に解決します。
●竹を堆肥にするには、高性能粉砕機が必要です。有機堆肥の前提は、オーガニ ック・アグロ・ポリス(有機の郷づくり・有機農業の拠点)を進めることです。
孟宗竹の粉砕機は、中途半端な機械では使いものにはなりません。孟宗竹の高性能粉砕機は、高額になりますのでおいそれと個人では購入できるものではありません。ですから、各町村が「森林・山村多面的機能発揮対策交付金」等の補助金制度を活用して、高性能粉砕機を購入して頂きます。その竹の集積場を設置し、堆肥を生産します。又は、生産者に貸し出しをするという事もできるでしょう。
*竹・スス竹発酵・熟成堆肥は、生で頂く野菜の圃場に鋤き込むと甘味成分が増し、後味の良いさわやかな食材となります。
農園(棚田農園・里山農園)構想 農園(棚田農園・里山農園)づくりは、これからの農業のライフスタイルだと考えています。
私の農園は、今では4町歩ほどの農園になりました。農園内には、体験施設(ワーキングホリデー)もあります。見学・交流も行っています。有機農業の研修・農の雇用制度・求職者支援訓練などの受け入れも行ってきました。又、センス、オブ・ワンダーも手掛けています。農家レストランも考えています。農園づくりは、福岡正信先生の影響で当初から理想郷(桃源郷)構想として描いておりました。
当初の30aから少しずつ土地が広がるにつれ、農園の構想が膨らみました。
そして、農園(棚田農園・里山農園)づくりは、「これからの農業のライフスタイルだ」と確信を持つことができました。
4町歩の農園は、家地5а・ワーキングホリデーの敷地5а・JAS米を作っている田んぼが3畝町で25a・畑が16а・果樹園が27а・センスオブワンダー25а・その他1q以内に田畑と果樹園があります。イタドリ・ワラビ・ゼンマイが多く取れる場所もあります。
ブルーベリー150本・南高梅35本・豊後梅13本・甘柿・渋柿合わせて20本・栗12本・柚16本・鯨山桃12本・桃の木2本・ソルダム2本・スモモ2本・梨5本・キウイ5本・アケビ4本・温州ミカン1本・びわ4本・レモン1本・イチジク1本・銀杏、イチョウ4本・雑木林が少し・孟宗竹の竹林が2か所・真竹の竹林・ウド畑1畝があります。
各人が農的な暮らしを求める時は、色々とそれなりの構想を持って始められるでしょう。しかし、私は、皆さんに小さくても良いので、農園づくりの構想を持って取り組まれることをお奨めします。
★先ず、農地の取得には農業委員会の承諾が必要で、30aの農地を取得しなければ農業者になれないと言う垣根があります。(最近では、特区ができ10aでも取得できる市町村もあります。)30aに家を建てるとすれば、3年は耕作実績が必要です。家を建てるには、敷地面積の農地を宅地に変更しなければなりません。計画としては、5a〜10a(150〜300坪)に家を建て、5aを田んぼにします。(5aで米250〜300sは取れます。)そして、5aを畑にします。(5aに色々な野菜をつくれば、野菜を買うこともなくなります。)10aに、好きな果樹を植え、果樹の元で色々な野菜を作れば、小さい理想の農園ができます。  ★次は、道端で軽自動車が入れる日当たりの良い・飲み水がある・傾斜面の山(里山)を手に入れると良いです。自分の好きな農園を作る事ができます。農地でなければ、そこに直ぐに住処を建てることができます。
*(例、私の隣組(地区)に東京から若者夫婦が移住しました。標高500〜600mの所の山林約9ha・休耕田(耕作放棄地)1.5haほどを取得し「里山農園」に取り組んでいます。)(私の農園の1部で若者夫婦が、将来の自分の農園を描きながら山小屋生活をし、有機農業を実習しています。) 農園・果樹の育樹についてのアドバイスです。
柿は、富有柿1本・次郎柿1本・晒(さら)し柿1本(晒(さら)し柿は、渋柿です。色づき硬さがある時に採り上げ、焼酎(30度以上)を霧吹きで吹きかけ、ビニール袋に入れて密封し、日当たりの良い場所に置き5日ほど温めると出来上がります。冷蔵庫で冷やして食べると甘柿とは違う美味さを味わえます。冷凍すれば長持ちします。)・濃淡柿1本(濃淡柿の吊るし柿は、干し柿では一番美味しいです。)柚2本(実生・成長すれば、ユズ汁1年分は取れます。)梅2本(成長すれば、1本で20sは取れます。)ブルーベリーは、早生2本・中生2本・晩生2本も植えておけば、6月〜9月の中旬まで毎日頂くことができます。(苗を下ろすときに、根本にピートモスと鹿沼土を混ぜたものを入れておくことです。後は、刈り草を多く元肥に入れると良いです。)イチョウを雄・雌を植えておけば銀杏の実が取れます。(大木になりますので植える場所を選らんで下さい。) 農園が広ければ、梅・栗・ブルーベリーなど好きな果樹を植え、観光農園を目指すことも出来ます。
*小さい赤い実がなるウズラ梅を焼酎で浸けると、素晴らしい真っ赤な色のお酒を頂けます。
*南高梅(黄色く熟れた)に砂糖を入れて一週間ほど混ぜながら発酵させ、木綿でコシ冷蔵庫で冷し水割りにすれば、とても美味しいジースとなります。
*青シソの葉を蜂蜜とブランデー酒にすると飲んで美味しく、焼肉に食べる前に霧吹きでかけると一段と美味しくなります。
*濃淡柿の干し柿をブランデーに漬けて頂くと絶品です。私のお奨め品です。
後は、自分の好みの果樹を植えればよろしいかと思います。桃・イチジクは木に虫が入り、木が枯れますので有機栽培では、なかなかの苦労がいります。
★自分達が、これから描き取り組む理想の農的な暮らしを、有機農業による「棚田農園・里山農園」に、農業のライフスタイルを求めて下さい。
私の、好きな言葉を紹介します 西岡常一(法隆寺・薬師寺の復元を果たした宮大工棟梁) 「いわゆる勘が働かないとできない。」 「学者は、様式論です。」 「業・技は、見て盗み考えて覚える。」 「言い訳は、通用しない。」 「自然と共に、生きていると言うのでなければ、文化とは言えない。」 「自分で考えて答えを探しなはれ。」 石川啄木 「望みに、あこがれる者は幸いなるかな、あらゆる勇と力これより生ず、 ああ高き者よ、汝の座は天上に設けられたり」 二宮尊徳 「音もなく、香もなく、常に天地は書かざる経を送り返すなり。」  狸(まみ)の山からの腹鼓です 喜多夢良太助( き た む ら たいすけ) 喜び多く、夢は良、太陽に助けられ農に生きる。
*「回り道、して持つ鍬に、男女(ひと)の笑み」「回り道も又、人生の旅の思い出」 *「荷物は、人に言われて担ぐと苦になる。荷物は自ら担げば重荷と感じない」 *「妙なる畑に立ちて、目を閉じ心静かに風に耳を澄まし、ひと呼吸静かに吐き、踏み出せ今日の一歩を」 *「自然豊かな、われらが故郷、みんなで築こう、明日のために。
苦労も多いが、明日のためさ、みんなで築こう、まほらの里を。」 (真(ま)秀(ほら)の意味、自然環境が良く、稔り豊かな優れた土地で、歴史と文化の華開く郷) Rural(ルーラル) Renaissance(ルネッサンス) 〜 農村、地域から文化・産業をおこして行く「地域創生」 以上、これから、田舎暮らし・農的な暮らし・有機農業・自然と共生を求めた人生を歩もうとする方々に参考になればと書いてみました。
真(ま)美(み)農(のう)山(やま)北村自然農園 北 村 太 助 81歳 有機農業研修生の募集 太陽に乾杯・定年帰農21年・有機農業のあゆみを書き下ろしましたことを機に、有機農業を学んでみたいと思われた方がいれば、半年間、又は一年間を通じて受け入れを行います。
条件は、年齢は65才を上限とします。夫婦であること。住居は無料で提供します。住居はそれなりの設備は整っています。食事は自前です。研修日週5日、30時間を原則とします。私共が日々行っている農作業を一緒に行うことで、有機農業を体得して頂きます。詳しいことは、電話・メールでお問い合わせください。